Synmeの地政学がくしゅう帳

地政学でクールにザックリ日本の外交・軍事を学ぶ

アメリカの地政学26:1846-1848米墨戦争

ひきつづきアメリカの地政学として米墨戦争を学ぶ。テキサス絡みのメキシコとの対立だ。最初に、クールにザックリまとめる。

1846年[US070]米墨戦争勃発。アメリカはメキシコに勝利し、1848年[US072]に調印されたグアダルーペ・イダルゴ条約で、1,825万ドルを対価にカリフォルニア、ネバダ、ユタ、アリゾナ等を獲得して太平洋岸まで領土を拡げた

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テキサス併合に際し、テキサスとメキシコとの国境について、アメリカはリオグランデ川以北と主張し、メキシコはヌエセス川以北と主張していた。Polk第11代大統領はアメリカの主張する領土の確保を命じ、Zachary Taylor将軍(のちの第12代大統領)はブラウン砦を築いた。前日にメキシコの騎兵隊がアメリカの分遣隊をとらえたことから戦闘状態となり、1846年[US070]4月25日に米墨戦争が勃発した。

メキシコでは、アメリカのメキシコ侵略(U.S. American Invasion of Mexico)と呼ばれている。メキシコは米墨戦争で領土の約1/3を失ったのだから、侵略と呼んで当然だろうとSynmeは思う。 独立宣言(1810年[US034]9月16日)後の混乱が長引いたメキシコに、アメリカに対抗しうる国力はなかった。

該当する地域を「メキシコ割譲地」と呼ぶこともあるようだ。以下の地域が含まれる。メキシコ割譲地の詳細についてはメキシコ割譲地 - Wikipediaを参照してください。

最後に、米墨戦争(1846年[US070]4月25日〜1848年[US072]2月2日)の経緯をまとめておく。 

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メキシコ独立の経緯も概観しておく。

1521年[bUS255]8月31日アステカ帝国が滅亡して約300年に渡るスペインの植民地支配が始まった。1810年[US034]9月15日から独立戦争が始まり、1821年[US045]9月27日にAgustín Cosme Damián de Iturbide y Arámburu将軍がメヒコ市に入城してメキシコの独立を宣言した。

Agustín de Iturbideが皇帝となった(1822年[US046]7月21日〜1823年[US047]3月19日、メキシコ第一帝政)が、1824年[US048]10月4日に新憲法を採択して連邦共和制となった(メキシコ合衆国)。1835年[US059]10月23日にはこの憲法が廃止され、連邦共和制から単一共和制となった(メキシコ共和国)が反乱や独立が相次いだ。テキサス共和国が独立したのも1836年[US060]3月2日だった(〜1845年[US069]12月29日)。

メキシコは帝政から始まり、独立直後の混乱期を免れなかった。独立直後から共和制を採用できたアメリカとの差は小さくないとSynmeは思う。なにせ、アメリカの南北対立は1840年代からかなり高まってきており、もう少しメキシコが耐えていればメキシコとの戦争どころではなくなっていたはずだからだ。

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米墨戦争終結後のアメリカ領土の地図は以下を参照して下さい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E9%A0%98%E5%9C%9F%E3%81%AE%E5%A4%89%E9%81%B7#/media/File:United_States_1848-02-1848-05.png

 

文責:鵄士縦七