Synmeの地政学がくしゅう帳

地政学でクールにザックリ日本の外交・軍事を学ぶ

フランスの地政学33:1896.5.20フランス領ソマリの植民地化

フランスの地政学を学ぶ。しばらくの間、アフリカ侵略と英仏露三国協商にフォーカスする。 今回はフランス領ソマリの植民地化。最初に、クールにザックリまとめる。 

1896年[US120]5月20日フランス第三共和政は、イタリア王国と戦争中のエチオピア帝国の軍事力増強に協力する見返りに、フランス領ソマリ(現在のジブチ)を植民地化した。

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まずフランス領ソマリの位置、つまり現在のジブチ - Wikipediaの位置を確認して欲しい。そう、アフリカの角である。

現代においてもフランスとジブチの関係は密であり、ジブチにはアフリカで最大規模のフランス軍が駐留している。

元々フランス第三共和政は、1894年[US118]にエチオピア帝国皇帝からジブチ市〜ハラール間の鉄道敷設権を獲得していた。エチオピア帝国としては、イタリア王国に立ち向かうためにフランス第三共和政の援助を必要としていたのである。まあ、援助ではなく、植民地化の常套手段である経済的利益の提供の対価としての利権獲得・土地割譲の類である。

そして、エチオピア帝国とイタリア王国の間で勃発した第1次エチオピア戦争(1895年[US119]6月〜1896年[US120]11月)の最中に、フランス第三共和政はまんまとフランス領ソマリの植民地化に成功する。

そして、非常に小さな植民地ではあるが、フランス領ソマリを獲得したことでフランス第三共和政にアフリカ横断政策を採らせる契機となったため、非常に重要である。

チュニジアにしても、三国同盟にしても、イタリア王国の地政学が関連してきているので、Synmeの予定としては、フランス及びドイツの地政学を学んだ後にイタリアのアフリカ侵略を学ぼうと考えている。

 

文責:鵄士縦七