【再掲】ドイツの地政学14:1879.10.7独墺同盟
【再掲にあたっての備忘録】独墺同盟は対ロシアを念頭に置いた軍事同盟である。
Otto von Bismarckとしては、ベルリン条約(1878年[US102]7月13日)はっきりとロシアを怒らせた(大ブルガリア公国を3分割してロシアの地中海への陸路を奪った)のだから、「とりあえず」オーストリアと軍事同盟を結んだというところか。
ドイツ帝国の地政学、ドイツ統一後は「戦わない」ための同盟外交がOtto von Bismarckによって展開される。今回は独墺同盟を学ぶ。事実だけ記載する。
ロシアに対抗するため、1879年[US103]10月7日ドイツ第二帝国はオーストリア=ハンガリー二重帝国と独墺同盟を締結した。
1879年[US103]10月7日ドイツ帝国とオーストリア=ハンガリー二重帝国はロシアに対抗するため軍事同盟を結んだ。
独墺同盟は第1条でロシアから一方が攻撃を受けた場合の支援義務と単独でロシアと講和しないことを定めている。また、第2条でロシア以外の国から攻撃を受けた場合の好意的中立義務を定めている。独墺同盟 - Wikipedia
文責:鵄士縦七