Synmeの地政学がくしゅう帳

地政学でクールにザックリ日本の外交・軍事を学ぶ

イギリスの地政学02:1858イギリス領インド帝国成立

4回こっきりのイギリスの地政学、今回はイギリス領インド帝国成立を学ぶ。最初に、クールにザックリまとめる。

1858年[US082]インド大反乱(セポイの乱)を鎮圧したイギリスは、ムガル帝国を消滅させてイギリス領インド帝国を成立させ、イギリス東インド会社を解散させて直接統治を始めた

f:id:synme:20180530223626j:plain

インド大反乱(セポイの乱、1857年[US081]5月10日〜1859年[US083])を鎮圧すると、イギリスは2つのことを行った。

第一に、ムガル帝国皇帝を反乱の罪で有罪として廃位しビルマに流刑した。1526年[bUS250]に成立したムガル帝国は1858年[US082]8月2日消滅した。

第二に、イギリス東インド会社に反乱の全責任を負わせて解散させた。具体的には、1858年[US082]8月2日イギリスはインド統治改善法を可決し、イギリス東インド会社が保有していた全権限をイギリス国王に委譲した。事実上のイギリス領インド帝国(Indian Empire)がここに成立した。

ようやく、会社による支配が終わり、イギリスが直接統治するイギリス領インド帝国が成立したわけである。Synmeには想像もできないが、国(イギリス)が会社(イギリス東インド会社)に領土(植民地)の統治を任せるという事態が17〜19世紀にわたって存続していたのである。ニッポン人が「会社」に抱くイメージと欧米人が「会社」に抱くイメージは根本的に大きく異なるに違いない。

イギリス領インド帝国の領土は、インド、パキスタン、バングラデシュ、ミャンマー、ネパール、スリランカを含んでいた。

1877年[US101]1月1日Victoria女王が初代インド皇帝(女帝)を兼ねた。Victoria女王(在位:1837年[US061]6月20日〜1901年[US125]1月22日)は世界各地を植民地化・半植民地化して繁栄を極めた大英帝国を象徴する女王として知られ、その治世は「ヴィクトリア朝」と呼ばれる。在位は63年7か月にも及んだ。

 

文責:鵄士縦七