ニッポンの開国02:1804ロシアのレザノフ来航
ニッポンの開国というかニッポンの国際外交への復帰の過程をいっきに学び直す日本史 近代・現代 実用編で学ぶ。今回はレザノフ来航。最初に事実だけ。
1804年[US028]ロシアのレザノフが長崎に来航して通商を求めた。幕府はこれも拒否したが、1806年[US030]薪水給与令を制定することとなった。
再びロシアがやって来た。
1804年[US028]今回は指定通りの長崎にロシアの皇帝アレクサンドル1世の親書を携えたレザノフが長崎に来航して通商を求めた。幕府はこれも拒否したが、1806年[US030]薪水給与令を制定して難破船には薪水・食料を給与して退去させることとなった。
1807年[US031]幕府は松前藩を転封させて、全蝦夷地を直轄とし、箱館奉行を松前奉行と改称した。また1808年[US032]幕府は間宮林蔵を派遣し、間宮林蔵は樺太が島であることを発見した。
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文責:鵄士縦七