地政学を学ぶフレームワーク14
2017年7月17日からSynmeは地政学を学んでいる。ニッポンのこれからの外交と軍事について、自分なりに考えられるようになりたいからである。
そして、Synmeは、高橋洋一氏の世界のニュースがわかる! 図解地政学入門に基づいて、地政学とは「世界の戦争の歴史を知ること」だと定義して学んでいる。学習の過程で、外交上の重要性という意味では戦争と同義と再認識したのでケースバイケースで「条約」も併せて学んでいる。
Synmeとしては、ひきつづきロシアの地政学を学んでいるつもりなのだが、ドイツの統一という大きなイベントを理解するため『ドイツの地政学』の学習に一定の時間がかかった。それも露仏同盟の締結=独露再保障条約のドイツによる更新拒絶、でようやく一段落した。
また、19世紀末に差し掛かって来たので、そろそろニッポンの国際社会復帰も学ばないと行けなくなって来た。そこで『ニッポンの開国 』を事実だけであるが、開国=国際社会復帰の過程と捉えて、相手国に注目して学んだ。これも結構時間が掛かった。加えて、あくまで側道なので毎日学ぶのもちょっと大変ではあった。それも明治維新でようやく一段落した。
ここから再度ペース配分に気を付けつつ、第1期グレートゲーム(The Great Game)終結までを以下のような予定で学んで行きたいと考えている。
- ニッポンの地政学:1868年 朝鮮との国交樹立交渉
- ニッポンの地政学:1871年 日清修好条規の締結
- ニッポンの地政学:1872年 琉球藩の設置
- ニッポンの地政学:1871年〜1873年 岩倉使節団の派遣
- ニッポンの地政学:1870年〜1873年 征韓論/遣韓中止の決定
- ニッポンの地政学:1874年 台湾出兵
- ニッポンの地政学/ロシアの地政学:1875年 樺太・千島交換条約の締結
- ニッポンの地政学:1875年 琉球藩に対して清との絶交命令
- ニッポンの地政学:1875年/1876年 江華島事件/日朝修好条規の締結
- ニッポンの地政学:1876年 小笠原諸島の領有通告
- ニッポンの地政学:1876年 西南戦争
- ニッポンの地政学:1879年 沖縄県の設置
- ニッポンの地政学:1880年 清に対して先島諸島割譲提案
- ニッポンの地政学:1882年 壬午事変
- ニッポンの地政学:1884年 甲申政変
- ニッポンの地政学:1888年 日墨修好通商条約
- ニッポンの地政学:1889年 大日本帝国憲法の公布
- ニッポンの地政学/イギリスの地政学:1894年 日英通商航海条約の締結
- ニッポンの地政学:1894年〜1895年 日清戦争
- ニッポンの地政学/ロシアの地政学:1895年 三国干渉
- ニッポンの地政学/ロシアの地政学:1895年 遼東還付条約の締結
- ニッポンの地政学:1895年 台湾平定(乙未(いつび)戦争)
- イギリスの地政学/フランスの地政学:1896年 シャムとメコーン上流域に関する英仏宣言
- イギリスの地政学:1899〜1902年 第2次ボーア戦争
- ニッポンの地政学:1900年〜1901年 義和団の乱/8カ国連合軍の派遣
- ニッポンの地政学/イギリスの地政学:1902年 日英同盟
- 鉄道と運河の地政学:1903年〜 パナマ運河の建設
- ニッポンの地政学/ロシアの地政学:1904年 日露戦争
- イギリスの地政学:1904年 英仏協商の締結
- イギリスの地政学:1907年 英露協商の締結
言うまでもなく、これらの後には第一次世界大戦及びそこに至る過程について学ぶ予定であるけれども『アメリカの地政学』として一度学んだこともあるし、どのように学ぶか考えたい。
文責:鵄士縦七