ニッポンの地政学21:1895.11.8遼東還付条約
ニッポンの地政学を学ぶ。Synmeは日清戦争に関連していくつか学ぶ予定。露仏独の「チョット待った」コールに抗えるはずもないニッポン。今回は遼東還付条約の締結を学ぶ。最初に、クールにザックリまとめる。
1895年[US119]11月8日ニッポンは清と遼東還付条約を締結。馬関条約で割譲された遼東半島を清に返還する代わりに、追加的に賠償金を獲得した。
三国干渉の結果として1895年[US119]11月8日、日本と清の間で遼東還付条約が締結され、以下のような内容が定められた。
- 日本は清国に遼東半島を返還する
- 清国は返還の代償金として日本側に銀三千万両を支払う
馬関条約による賠償金は銀2億両だった。遼東半島を返還することで15%の増額となり、日本が獲得した賠償金の合計は銀2.3億両となった。これは当時価格で約3.6億円の価値であり、日本の当時の国家予算8,000万円の4倍強に相当したそうだ。
Synmeは不勉強で知らなかったが、この遼東半島返還によって増額した賠償金の支払負担が日清戦争の戦費調達と併せて、欧米列強の清への進出を加速させることになった様だ。つまり、戦費調達・賠償金支払のために、欧米列強が清に借款を供与し、その見返りとして租借地などの各種権益を清から獲得して行ったのだ。
欧米列強の権益獲得について、個別に学んで行く予定である。
文責:鵄士縦七